昨日5/10の早朝1つ下の弟が亡くなった
3月の末ごろから、もういつ亡くなってもおかしくはないと聞いていたので
突然のショックのようなものはあまりない
このショックをあまり感じないということが
自分としては少しショックなのだけど
自分が大人になったからなのか
それとも冷たい人間だからなのか
そのあたりはよくわからないし深く考える気もない
弟はいわゆる障がい者で
体も多少不自由で、まともにしゃべることもできず
家族であれば意思疎通はなんとかできるという状態だった
子どものころはそういう弟の存在を自分なりに理解しようと
母親に「弟はどういう病気なのか?」と聞いたことがあるが
自分が納得できるような答えは返ってこなかった
きっと病名をつけるとしたら複雑な名前なんだろう
そもそもこの質問自体が
自分の気持ちを落ち着かせたいから
もしくは対外的に
「弟さんはどんな障がいがあるの?」なんて聞かれることを無意識に恐れていたのかもしれないんじゃないか
…なんて今は思う
別にそんなの聞かれたことはないんだけどね
同じ家族なので
別に憎しみのようなものもないし
迷惑をかけられたと思ったことはない
自分なりの愛情もあるつもりだ
ただ漠然と、うちは普通のうちとは違うのだと感じていた
その大きな要因が弟の存在だったように思う
もし自分に優しさと呼べるようなものがあるのであれば
それは弟がいてくれたからというのも理由にあるのかもしれない
だったらいいなと思う
ちなみに、大人になるにつれて自分が優しい人間だとは思えなくなってきてしまったけども
20代で家を出て、それから基本的に一人で暮らしてきた自分にとって
弟との思い出はやはり幼少期のころに集中している
弟は小さいころ歩けなかった
いつもおじいちゃんにおんぶされていた
それが僕が物心つく頃には歩けるようになりはじめ
最終的に自宅の敷地内を自転車で走れるようにまでなった
当時はなんとも思っていなかったけど
今思い返すとあれはけっこうすごいことなんじゃないかって思う
また小さいころは癇癪を起すとまわりのものにとにかくあたり
頭突きをよくしていた
だからいつも頭にはヘッドギアをつけていた
家の中のガラスも何か所も割れていたはずだ
今やこどもを育てる側に立った自分としては
ところかまわず頭突きをしない子供というのは
それだけでだいぶ安心できる
あの頃の我が家はいったいどうやって回っていたのだろうか?
おそらくおじいちゃん、おばあちゃんの存在が大きかったのだろう
うちの弟は車が好きで
自分も免許を取ってからは時々助手席に乗せてドライブもしていた
兄らしいことと言ったらそれくらいで
それもここ最近はまともにしてやっていなかった
ただ「ドライブに行こうか」と誘うと
喜んで車に乗り込んでシートベルトを着ける姿が今でも浮かんでくる
…ああ、そうか
もうドライブに行くことはないんだな
情けない話
今の今、ようやく実感がわいてきたから
このブログも書いた意味がある気がしてきた
人が死ぬってことはものすごい大きな出来事で
でも、どこにでもある話で
未来の可能性にあふれている子どもたちを見ていると
そんな当たり前のことを忘れそうになるから
病気や、死について話す機会があったらなるべく授業でも話すようにしている
特別に悲しく脚色する気もないし
感動するようなエピソードもない
でも、いつか死んじゃうからこそ
今生きていることには価値があるんだってのが伝わるといいなぁ
いや、別にこちらが教えなくても
嫌でもどこかで気づくことなんだろうけどね
今日の1曲はガガガSPで「一人ぼっちの世界」


